犬の肺腫瘍は、肺に腫瘍性の病変ができる病気です。大きく分けると、肺そのものから発生する「原発性肺腫瘍」と、他の臓器にできたがんが肺へ広がる「転移性肺腫瘍」があります。
犬では、原発性肺腫瘍は比較的まれです。一方で、肺は全身の血液が通る臓器であるため、他のがんが転移しやすい場所です。乳腺腫瘍、骨肉腫、血管肉腫、悪性黒色腫、甲状腺がん、移行上皮がんなどでは、肺転移の有無が重要になります。
執筆:圓尾 拓也(腫瘍科認定医・獣医学博士)
原発性と転移性の違い
原発性肺腫瘍では、肺腺癌が多く見られます。ひとつの肺葉に単独の腫瘤として見つかることがあり、リンパ節転移や他の肺への広がりがなければ、手術によって長期生存が期待できる場合があります。
転移性肺腫瘍は、他のがんが肺へ広がった状態です。肺の中に複数の結節として見つかることが多く、左右の肺に散らばることもあります。この場合、病気は全身性に進行していると考え、治療の目的は根治よりも、進行を遅らせること、咳や呼吸苦を和らげること、生活の質を保つことになります。
よく見られる症状
肺腫瘍は、初期には無症状のことがあります。健康診断や手術前検査で胸部レントゲンを撮った時に、偶然見つかることもあります。無症状で見つかった場合は、治療の選択肢が残っていることがあります。
症状として多いのは咳です。はじめは乾いた咳で、運動後、興奮時、夜間、寝起きなどに目立つことがあります。進行すると、息が荒い、疲れやすい、散歩を嫌がる、横になれない、胸やお腹を大きく使って呼吸する、といった症状が出ます。
胸水がたまると、肺が十分に広がれず、呼吸は浅く速くなります。舌や歯ぐきが紫色に見えるチアノーゼは、低酸素を示す危険なサインです。すぐに動物病院へ連絡してください。
また、肺腫瘍では足の腫れや痛みから見つかることもあります。肥大性骨関節症と呼ばれる状態で、四肢の骨の周囲に反応が起こり、歩きにくさや痛みが出ることがあります。
検査と診断
最初に行われることが多い検査は胸部レントゲンです。肺のしこり、結節、胸水、気管支や心臓への圧迫を確認します。ただし、小さな病変や、心臓・横隔膜に重なる場所の病変は見つけにくいことがあります。
詳しく調べるには胸部CT検査が有用です。CTでは、腫瘍の大きさ、位置、肺葉との関係、リンパ節の状態、他の肺への広がりを評価できます。手術ができるかどうかを判断するうえでも重要です。
胸水がある場合は、胸水を抜いて細胞診を行うことがあります。肺のしこりに針を刺す検査もありますが、気胸や出血のリスクがあるため、単発で切除可能な病変では、手術で摘出して診断を兼ねることもあります。
治療方針
治療は、単発か多発か、リンパ節転移があるか、他の臓器にがんがあるか、症状があるか、全身麻酔に耐えられるかによって変わります。
単発の原発性肺腫瘍で、転移が認められない場合は、外科手術が第一選択になります。腫瘍のある肺葉をまとめて切除する肺葉切除が基本です。手術時には、肺門部や胸腔内リンパ節の評価も重要です。
多発性の肺病変、転移性肺腫瘍、リンパ節転移、胸水を伴う場合は、手術で根治を目指すことが難しくなります。その場合は、抗がん剤、分子標的薬、放射線治療、緩和ケアを組み合わせて、症状を抑えながら過ごすことを目標にします。
抗がん剤としてビノレルビンなどが使われることがあります。分子標的薬のトセラニブは、固形がんに対して病勢の安定化を期待して使用されることがあります。ただし、下痢、食欲低下、血便、好中球減少、蛋白尿、高血圧などに注意し、検査をしながら調整します。
終末期の呼吸ケア
肺腫瘍が進行すると、治療の目的は延命よりも苦痛を減らすことへ移ります。呼吸困難は、犬にとって非常につらい症状です。
自宅では、酸素濃縮器と酸素ケージをレンタルし、酸素室を作ることがあります。酸素室は呼吸を楽にし、眠りやすくする助けになります。ただし、暑さ、湿度、閉じ込められる不安には注意が必要です。
ステロイドは、腫瘍そのものを治す薬ではありませんが、周囲の炎症や浮腫を抑え、咳や息苦しさを軽くすることがあります。食欲が戻ったり、少し元気が出たりすることもあります。この時期の薬は、「治すため」ではなく、「楽に過ごすため」に使います。
咳には鎮咳薬、気管支の狭さには気管支拡張薬、痛みや不安には鎮痛薬や鎮静を目的とした薬を組み合わせることがあります。
まとめ
犬の肺腫瘍では、原発性か転移性か、単発か多発か、リンパ節転移があるかによって治療方針が大きく変わります。
咳、息が荒い、疲れやすい、横になれない、舌の色が悪いといった症状がある場合は、早めの受診が必要です。特に呼吸困難は、様子を見すぎないことが大切です。
肺腫瘍の診療では、早期発見、正確な画像評価、治療の選択、そして終末期まで見据えた呼吸ケアが重要になります。