線維肉腫は、皮膚の下や筋肉、筋膜などの結合組織から発生する悪性腫瘍です。
猫では自然に発生する線維肉腫のほか、注射やワクチン接種をした場所に発生する「注射部位肉腫」があります。以前はワクチン関連肉腫と呼ばれることもありましたが、現在ではワクチンだけでなく、さまざまな注射や異物刺激のあとに発生する可能性があるため、注射部位肉腫と呼ばれます。
発生頻度は高い病気ではありません。しかし、いったん発生すると、局所で非常に強く広がるため、初期対応がとても重要です。
執筆:圓尾 拓也(腫瘍科認定医・獣医学博士)
注射部位肉腫が怖い理由
注射部位肉腫は、表面から見ると丸いしこりに見えることがあります。
しかし実際には、しこりの周囲の筋膜や筋肉の中へ、根を張るように細かく広がっていることがあります。そのため、見えているしこりだけを取る手術では、顕微鏡レベルの腫瘍細胞が残り、再発しやすくなります。
初回手術で十分な範囲を取れるかどうかが、その後の経過を大きく左右します。小さな手術を何度も繰り返すより、最初からCT検査などで広がりを確認し、必要に応じて広範囲切除や二次診療施設での治療を検討することが大切です。
急に大きくなる
猫の注射部位肉腫では、「前からあったしこりが急に大きくなった」と相談されることがあります。
これは、腫瘍細胞が増えるだけでなく、腫瘍の中で出血、壊死、炎症、浸出液の貯留が起こるためです。急速に増大した腫瘍では、皮膚が引き伸ばされ、血流が悪くなり、表面が破れて自壊することがあります。
自壊すると、出血、浸出液、感染、悪臭、強い痛みが問題になります。この段階では、猫の生活の質だけでなく、ご家族の介護負担も大きくなります。
注射後のしこりは3-2-1ルール
ワクチンや注射のあとにしこりができても、多くは一時的な炎症で自然に小さくなります。
ただし、次のいずれかに当てはまる場合は、早めの検査がすすめられます。
3ヶ月たっても残っている。
2cm以上の大きさがある。
1ヶ月を過ぎても大きくなり続けている。
これを「3-2-1ルール」と呼びます。
この条件に当てはまるしこりは、単なる注射後の反応ではなく、注射部位肉腫などの腫瘍の可能性を考える必要があります。様子を見続けるより、細胞診や組織生検を検討します。
検査で何を確認するか
しこりが見つかった場合、まず触診で大きさ、硬さ、動きやすさ、皮膚との関係、筋肉への固定の有無を確認します。
そのうえで、細胞診や組織生検を行い、腫瘍かどうかを調べます。注射部位肉腫が疑われる場合、しこりだけを先に小さく取る「切除生検」は避けた方がよいことがあります。後の根治手術で必要な切除範囲が分かりにくくなり、再発リスクを高めることがあるためです。
治療を考えるうえでは、CT検査が重要です。CTでは、腫瘍がどの筋肉や骨の近くまで広がっているか、胸部に転移がないかを確認できます。手術範囲を決めるための地図になります。
治療の中心は広範囲切除
注射部位肉腫の治療で最も大切なのは、初回手術で十分な範囲を取ることです。
腫瘍のすぐそばではなく、周囲の正常に見える組織を含めて大きく切除します。場所によっては筋膜、筋肉、骨の一部、場合によっては断脚や断尾が必要になることもあります。
これは見た目には大きな手術になりますが、腫瘍細胞を取り残さないために必要な考え方です。完全切除ができた場合は、再発を抑え、長く過ごせる可能性が高くなります。
一方で、背中、肩甲骨の間、首、骨盤周囲などに発生した場合は、十分な切除範囲を確保しにくいことがあります。このような場合は、放射線治療、抗がん剤、分子標的薬などを組み合わせることを検討します。
ワクチンは避けるべきなのか
注射部位肉腫は重大な病気ですが、発生はまれです。ワクチンをすべて避けることは、感染症のリスクを高めてしまいます。
大切なのは、猫の生活環境に合わせて、本当に必要なワクチンを、適切な間隔で接種することです。完全室内飼育か、外に出るか、多頭飼育か、猫白血病ウイルスのリスクがあるかによって、必要なワクチンは変わります。
また、万が一しこりができたときに治療しやすいよう、接種部位を記録し、肩甲骨の間を避ける考え方があります。ワクチンを怖がって何もしないのではなく、リスクと予防効果を一緒に考えることが大切です。
進行例では緩和ケア
すでに腫瘍が大きくなっている場合や、自壊している場合、根治手術が難しいことがあります。
その場合でも、痛み、出血、感染、悪臭を減らす治療はできます。鎮痛薬、抗菌薬、消炎薬、創傷被覆材、洗浄、必要に応じた外用処置を組み合わせ、猫ができるだけ穏やかに過ごせるようにします。
自壊した腫瘍は、毎日の処置が必要になることもあります。ご家族だけで抱え込まず、家でできること、病院で行うこと、苦痛が強くなったときの判断を早めに相談しておくことが大切です。
まとめ
猫の線維肉腫、とくに注射部位肉腫は、局所で深く広がりやすく、再発しやすい腫瘍です。
注射後のしこりが、3ヶ月たっても残る、2cm以上ある、1ヶ月を過ぎても大きくなる場合は、早めに検査を考えます。
この腫瘍では、最初の対応がとても重要です。しこりだけを小さく取るのではなく、必要に応じて組織生検、CT検査、広範囲切除、放射線治療などを組み合わせて治療方針を考えます。
一方で、進行して根治が難しい場合でも、痛みや出血、悪臭を減らし、穏やかに過ごすための緩和ケアがあります。
「注射後のしこりだから様子を見る」だけで終わらせず、大きさと経過を記録し、心配な変化があれば早めに相談することが大切です。