犬や猫に心臓病があると、麻酔のリスクは健康な子より高くなります。けれど、「心臓病があるから麻酔は絶対にできない」という意味ではありません。
心雑音があるだけなのか、心臓が大きくなっているのか、過去に肺水腫を起こしたことがあるのか、今も呼吸が苦しいのか。その段階によって、麻酔前に必要な検査や準備、麻酔中の注意点は変わります。
特に犬の僧帽弁閉鎖不全症では、ACVIMという分類で、B1、B2、C、Dという段階に分けて考えることがあります。
ACVIM B1:心雑音はあるが、心臓の大きな拡大はない段階
B1は、心雑音や僧帽弁閉鎖不全症はあるものの、レントゲンや心エコーで心臓の大きな拡大がない、または治療を始める基準には達していない段階です。多くの場合、咳や呼吸困難などの症状はありません。
この段階では、麻酔が大きく制限されるとは限りません。避妊去勢手術、歯科処置、しこりの切除なども、全身状態や年齢、処置内容を見ながら検討できることが多いです。
ただし、「心臓病が軽いから何も確認しなくてよい」という意味ではありません。麻酔前には、聴診、血液検査、胸部レントゲン、必要に応じて心エコーを行い、今の心臓と肺の状態を確認します。
B1では、通常より少し丁寧に確認して、麻酔中の血圧、心拍、呼吸、体温を見ながら管理します。
ACVIM B2:症状はないが、心臓が大きくなっている段階
B2は、咳や呼吸困難などの症状はまだないけれど、心臓の拡大がはっきりしている段階です。心臓の薬を飲み始めることもあります。
見た目には元気でも、心臓にはすでに負担がかかっています。そのため、B1よりも麻酔リスクは上がります。特に注意するのは、血圧の低下、心拍数の上昇、点滴の入れすぎ、術後の肺水腫です。
この段階で麻酔を考える場合は、「麻酔できるかどうか」だけでなく、「今その処置をする必要があるか」を考えます。痛みがある歯科疾患、出血するしこり、生活の質を下げている病気であれば、麻酔のリスクを管理しながら処置を行う意味があります。
B2では、麻酔前に心エコーや胸部レントゲンで心臓の大きさ、肺水腫の兆候、肺高血圧の有無などを確認しておくと判断しやすくなります。麻酔中は、痛み止めや局所麻酔を組み合わせて、麻酔薬の量をできるだけ抑えます。点滴も通常どおりにたくさん入れるのではなく、その子の心臓に合わせて調整します。
ACVIM C:肺水腫などの心不全を起こしたことがある段階
Cは、過去または現在に肺水腫などの心不全を起こしたことがある段階です。今は薬で落ち着いていても、心臓の予備力は少なくなっています。
この段階では、麻酔リスクは明らかに高くなります。特に、麻酔中の血圧低下、術後の呼吸悪化、肺水腫の再発に注意が必要です。急がない処置であれば、まず心臓の状態を安定させてから麻酔を検討します。
一方で、Cだから絶対に麻酔できないわけではありません。たとえば、強い痛みがある、出血している、感染が続いている、食べることに支障があるなど、麻酔を避けることで生活の質が大きく下がる場合があります。
この段階では、麻酔をするメリットと、麻酔による心臓への負担をかなり慎重に比べます。処置時間を短くする、手術範囲を必要最小限にする、術後に酸素管理や入院観察を行うなど、通常よりも細かい計画が必要です。
飼い主さんにとって、今の苦しさ、今後の見通し、麻酔のリスクを並べて、その子にとって負担の少ない選択を考えることが必要です。
ACVIM D:心不全が標準治療で安定しにくい段階
Dは、利尿薬や心臓の薬を使っても心不全が安定しにくい段階です。呼吸が苦しくなりやすい、薬の量が増えている、酸素室が必要になる、胸水や肺水腫を繰り返すなど、かなり慎重な状態です。
この段階では、緊急性の低い麻酔は原則として避ける、または延期を考えます。まず優先するのは、手術や処置ではなく、呼吸と心臓を少しでも安定させることです。
ただし、Dでもすべての処置が不可能という意味ではありません。命に関わる出血、強い痛み、膿がたまっている、呼吸や食事を妨げている病変などでは、リスクを承知したうえで処置を検討することがあります。
この場合は、通常の麻酔ではなく、酸素管理、血圧管理、輸液制限、術後管理まで含めた救命的な判断になります。必要に応じて、循環器専門医や二次診療施設と相談することもあります。
心臓病の麻酔で特に大切なこと
心臓病の麻酔で怖いのは、「眠ること」そのものだけではありません。痛みや不安で心拍数が上がること、血圧が下がりすぎること、点滴が多すぎて肺に水がたまること、麻酔から覚めるときに寒さや痛みで強いストレスがかかることも問題になります。
そのため、心臓病のある犬では、麻酔を浅くすれば安全というわけではありません。痛みを感じると、体は強いストレス反応を起こし、心拍数や血圧が上がります。結果として、心臓にかえって負担がかかることがあります。
安全性を高めるためには、痛み止めや局所麻酔を組み合わせ、必要な麻酔を安定してかけることが大切です。麻酔中は、心電図、血圧、酸素、呼吸、体温を確認しながら、薬や点滴を調整します。
麻酔を延期した方がよい状態
次のような状態では、緊急手術でない限り、麻酔を急がない方がよいことがあります。
安静にしていても呼吸が速い。苦しそうにしている。最近、肺水腫を起こした。失神がある。不整脈が強い。食欲や元気が大きく落ちている。心臓の薬を始めたばかりで、まだ状態が安定していない。
このような場合は、まず心臓と呼吸を整えます。数日から数週間かけて状態を安定させることで、麻酔のリスクを下げられることがあります。
猫の心臓病は、犬とは少し考え方が違います
ACVIMのB1、B2、C、Dという考え方は、主に犬の僧帽弁閉鎖不全症で使われます。猫では、肥大型心筋症など、犬とは違う心臓病が問題になることがあります。
猫の心臓病では、見た目に症状がないこともあります。そのため、心雑音、不整脈、呼吸が速い、過去に胸水や肺水腫がある、血栓症の既往がある場合には、麻酔前に心エコーや血液検査を検討します。
猫では、強い緊張やパニックも心臓に負担になります。検査や処置のときには、無理に押さえつけるより、必要に応じて鎮静を使い、落ち着いた状態で安全に行う方がよい場合もあります。
まとめ
心臓病がある犬や猫でも、必ず麻酔ができないわけではありません。ただし、健康なときと同じように考えることはできません。
B1では、通常より丁寧に確認して麻酔を考えます。B2では、心臓の拡大があるため、検査と麻酔計画がより重要になります。Cでは、過去に心不全を起こしているため、麻酔をする意味とリスクを慎重に比べます。Dでは、緊急性が低い麻酔は原則として避け、まず心不全の安定を優先します。
心臓の段階、今の苦しさ、治療しない場合の不利益を一緒に見ながら、無理の少ない方法を考えましょう。
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